日記1999年03月13日

朝起きて歯医者の予約時間が11時であることを確かめる。アンパンを食べてコーヒーを飲み、インターネットで村上朝日堂を読む。村上春樹氏は空港へ行ってパスポートやビザを忘れたことが何度もある無能力者だと自分で書いていた。僕は慎重なのでそういう失敗はあまり無い...ような気がする。まだまだ時間があるので、娘と遊びながらCDを聴いたりする。CDを選んでいるとジュンク堂の飲み物券がぽろっと出てきたのでサイフにしまう。サイフの中から歯医者の診察券が出てきてハッと気付いて時計を見ると11時半だった。歯医者に電話して謝ると、今からでもいいと言われる。あわてて着替え、歯を磨き、自転車ででかける。

歯医者は空いていてすぐ呼ばれる。歯石を取ってもらう。10年前に行った歯医者では先の尖ったかぎ針みたいなやつでカリカリとやってくれたが、今は超音波の機械で「チュイーン」である。ヤニもキレイに掃除された。僕はタバコをやめて8年位になるが、コーヒーや紅茶でも茶色くなるのだと歯医者は言う。本日で治療は終了しました。ここの先生は虫歯の治療の後、歯石を取るのに何度も通わされて、ちょっと疑問が残る。

帰りにいつもの酒屋に寄る。ベルギービールも30種類くらい飲んで大体の感じが掴めてきた。僕が飲んだ中で一番おいしいのは「ベルナルドゥス」のトリプルというやつ。でも、当然のごとく一番高い部類に属し、350mlの瓶が680円もする。これから、何とか500円前後で満足できる銘柄を絞り込んで行きたいところである。度数が7~10%位なので、500円ならそう高くない。店に置いてあったチラシによると、ベルギービールは800種類位あって、それぞれ専用のグラスまであるそうだ。この店ではそのうち100種類を(グラスも)用意しているという。

家に帰ると、歯医者に行く前に僕が歯を磨いてから水道が出しっぱなしになっていたというので奥さんに叱られる。僕も無能力者だった。昼ご飯を食べてから、ダージリンティを飲む。今日はちゃんと沸騰したお湯でいれてみると、うまくいった。渋味が出ずに香りが出た。やっぱり電気ポットのお湯ではダメなのだな。奥さんと息子がスーパーに買い物に行っている間、娘と待つ。

奥さんがスーパーから帰ってくる。先週「みたらしだんご」を買おうとしたら「うちは置いてません」と愛想の悪かった和菓子屋で「だんご3兄弟」を鳴らしながら「みたらし」を売っていたそうだ。奥さんはだんごは買わず、「だんご3兄弟」と同じくらい売れている「宇多田ヒカル」のCDを買ってきた。宇多田ヒカルはベリーグー。歌がうまい。一人多重コーラスも気持ちいい。詞もわりと良い。これで演奏が打ち込みじゃなければ文句なし。

奥さんがのパラッパのキーホルダーを買ってきてくれた。我が家にはロドニー・A・グリーンブラットの作品が結構ある。パフィーのCDジャケット、某企業の去年のカレンダー(トイレに貼ってある)、サンダーバニーの絵本(大貫亜美訳)、ビデオに撮ってあるウゴウゴルーガの「ロドニーガイ」。ロドニー君の世界は「ほのぼのしててちょっとシュール」なところが良い。後はプレステを買って「パラッパラッパー」をやりたいのだが、プレステ2が欲しくなったので我慢する。

ネットに接続するとamazon.comからロバート・B・パーカーの新作が出たから買えというメールが来ている。4割引きだという。安いなあ。去年初めてパーカーのハードカバーを買ったのだが、あんなにでっかいものだとは思わなかった。アメリカはガリバー旅行記の巨人国か。

夜、娘が気に入らないことがあるとすぐ怒るなあという話をしていると、息子が「夢でもガチャガチャでも欲しいものは出てこないんやんなあ」と言ったので笑ってしまった。保育園の先生に「詩人」と言われているだけのことはある。

日記1999年03月18日

気分が良くないので夕方早めに会社を退ける。僕はこの時期の気候が苦手だ。暖かかったり寒かったりするせいで体調が不安定になる。そういえば、高校の英語の教師に「マーチヘア(March hare)」というあだ名を付けられた。mad as a March hare で「さかりのついた3月のウサギのようにアタマがおかしい」という意味だ。全然「さかって」はいなかったのだが。

バス停でバスを待つ。目の前の道路の上を高速道路が通っている。こういう高架道路は柱の部分が折れることもあるし、柱と柱の間の部分が落ちて滑り台のようになってしまうこともある。阪神大震災の時に僕の実家の近くでそういう風になっていたのをこの眼で見た。オフロードバイクで見に行ったのだ。

バスを待っている間、クルマの排気ガスを吸い込んで余計に気分が悪くなる。ここは上が高架でふさがっていて背後も高い壁なので空気が淀んでいるのだ。特にトラックが通ると最悪である。僕は子供の頃からディーゼルエンジンの排気ガスが苦手だ。震災の時、オートバイで実家まで行く途中の道路は渋滞の極致で、エンジンをかけたまま止まっているトラックとトラックの隙間をエンエンと通り抜けて行ったのだが、排気ガスがモクモクと煙っていてほんとに地獄だった。

バス停の横には樹が立っている。見上げると緑の葉っぱをたくさんつけている。こんなところにずって立っててよくそんなに青々としてられるな。僕は一刻も早くここから逃げ出したいよ。僕は調子が悪くなるとなぜか植物に親近観を持つということに気付く。ポケットから「カラマーゾフの兄弟」を取り出して読んでいるうちにバスが来る。救助隊だ。しかし、この救助隊も排気ガスを出している。

バスの中で本の続きを読む。バスは電車に比べて加減速が急なので本を読むと気分が悪くなるが、長年の研鑽によりバスの中でも本が読めるようになった。バスの中で本を読むコツは、なるべく本を垂直に立てることと、気分が悪くなりかけたらすぐやめることである。やめて、長い信号待ちなんかがあるとまた読む。発車しそうになるとまたやめる。今日は特に気分が悪いのですぐ本を読むのをやめてぼおっとする。ふと、大学で研究室を選ぶ時にディーゼルエンジンの研究室で排気ガスの改善をしてやろうとか一瞬だけ考えたのを思いだす。しかし、その研究室は実験が大変らしいと聞いてやめたのだった。

なぜかいろんなことを思いだしてしまった。井上陽水奥田民生「侘び助」によると「振り返りを始めたら、まだ僕らの心は3月」だという。「侘び助」も「半拍遅れ」だ。バスを降りると、そこには高架道路はなくて夕方の空が見えた。バスは排気ガスを残して去っていくが、空気は淀んでいない。バス停のそばのコンビニにうちの車が止まっていて、奥さんと子供たちがいた。息子が「パパ、なんでこんなとこにおるんじゃー」と言って笑い、僕は「バスで帰って来たんじゃー」と答えた。

日記1999年03月21日

近くの小学校に地域振興券を受け取りに行く。ここは選挙の投票をしに何度か来たことがあるので、その時のイメージで「はい、どうぞ」と簡単にもらえるものだと思って体育館に入ったら、100人くらい並んでいる。列を誘導しているおじさんに訊くと、30分かかると言う。出直そうかとも思ったが、平日に支所まで出かけるのも面倒なので、息子と二人で並ぶことにする。しゃべったり遊んだりしながら待つ。周囲を見回すと老人と中年女性がほとんどである。物資の不足した国で配給を待っているような気分になる。でも地域振興券というのはムダ遣いを増やすためのものだからちょっと違う。受け取りを拒否するという人もいるらしいが、うちはひとつのイベントとしてもらうことにした。だから、こうやって並ぶのもディズニーランドで並んでいる人と同じで、好きでやっていることになる。行列を仕切るために並べてあった椅子の上に、配布係のメンバー表が置いてある。「水道局誰それ、年金課何某」などと市役所の各部署から動員されている。彼らはあまり好きでやっているのではなさそうである。それにしても要領が悪すぎる。10人くらいの係員を見ているとヒマな人と忙しい人がいる。仕事の配分を変えれば1.5倍くらいのスピードにはなりそうだ。

30分待って子供2人分の地域振興券を手にいれ、そのまま買い物に行く。プレイステーションを買うことにしたのだ。新聞にチラシの入っていたゲーム屋に行くと売り切れ。ショッピングセンターに行ってあちこち探して結局4軒目の店にやっとあった。本体とメモリーカードと「ウンジャマラミー」と「電車でGO2」を振興券で買う。2万5千円くらい。その後、アウトドア用品の店でチタン2重構造のマグを手に取って見ていたらすごく欲しくなったので(現金で)買う。これを会社に持って行ってお茶を飲もう。

ショッピングセンターの中の中華の店で昼ご飯を食べる。わりとおいしかったのだが、客は少ない。注文とりのおばさんは愛想が悪い。店の壁にイラストと文章の入ったプレートがたくさんかかっている。「絶望とは言葉にならないもので、それに立ち向かって行動することでしか乗り越えられない」...とか何とか。ここの店主は店の壁をメディアとして客に何かを伝えたいのだろうか。僕がこうやって文章を書いているのとどこが違うんだろう、という疑問が生じる。僕は文章を書くだけだが、むこうはおいしい唐揚げや春巻きを提供しているというところが違う。でも、あのプレートは店主が書いたのではなくて、どこかで買ってきた既製品のようにも見えた。そうだとしたらつまらない。

家に帰って「ウンジャマラミー」と「電車でGO2」をやってみる。「ウンジャマラミー」は楽しい。すごく良くできている。グリーンブラットの世界は面白い。息子もゲームの前後のアニメーションの部分を気に入って何度も見ている。EASYモードでやらせたら結構ノリノリで遊んでいる。「電車でGO2」は難しい。息子が生まれて以来ゲームはやめていたが、復活してしまった。でも、ウンジャマをクリアしたらパラッパをやるくらいにしておくつもりだ。

日記1999年03月29日

会社からの帰りのバスで本を読んでいると、なるほどねーと思うようなことが書いてあったので、そのことについてじっくり考えてみようと本を閉じて顔を上げると、前の席に座ったおばさんの頭が見えた。おばさんの灰色の髪の毛は一本一本が見事に内径約12ミリのコイル状に固く巻かれていて、もしかするとこれはパンチパーマというヤツなのかも知れないが、あえて言うならパンチパーマよりも元の髪は長くて、しかも完全にランダムな方向にコイルがほどけている。

僕が考えたのは、このような髪型の利点は何かということである。多分、手入れがラクということはあるだろう。何しろ固そうに巻かれているから、洗おうが寝ようが全体の形状は確固として保たれるに違いない。僕だってあまりヘアスタイルにかまう方ではないが、それでも洗ったまま寝たりしたら翌朝収拾がつかなくて大変だからちゃんと乾かしてから寝るくらいのことはする。でも、このおばさんの髪型はそんな手間も一切不要と思われる。手間を惜しむだけなら松本人志みたいに坊主頭にすればよさそうだが、そうじゃなくてパーマをかけているのはファッション性の問題だろう。このおばちゃんのランダムコイルヘア(と名付けよう)は手入れの効率化とファッション性の両立という難問をクリアしているのである...に違いない。

明治だか大正だかの昔にパーマネントウェイブというのが日本に入ってきた時はきっと西洋志向のファッションだったのだと思うが、ここまでキツく巻くに至ってはアフロ志向と見るべきである。本人にそういうつもりはないのかも知れないが。ファンキーだなあ。...などと考えているうちに僕の降りる停留所に近づいているのに気付いてあわてて停車ボタンを押したのだった。

池の端を歩く。冬の間たくさんいたカモたちはすでに北へ旅立ったようである。後にはサギがぽつんと残されている。岸辺の草むらには空き缶やタバコの箱がたくさん捨てられている。ゴミが落ちているのを知ってて拾わないのは、ゴミをそこに捨てたのと同じことになるだろうかと考える。

家に着いてポストを見ると本が送られてきている。去年「中村雄二郎の哲学アゴラ」というところで僕の投稿が採用され、それが掲載された本が送られてきたのだった。ネット経由で僕の文章が出版物に載ったのは「村上朝日堂CDーROM」、「インターネットで作家になる方法(布施英利著)」に続いてだが、それらと違って著者とのやりとりは無し。

今日は奥さんと子供たちは遅くなるので、自分で肉ジャガを作って食べることにする。まず、じゃがいもの皮をむく。「風の歌を聴け」でジェイが毎日バケツ一杯のじゃがいもをむいていたという話を思い出す。小さないもを半分に、大きなのを4つに切って、面取りをして水にさらす。皮をむいたニンジンを5ミリ厚の半月に切る。タマネギをザク切りにしていると、ウンジャマラミーのタマネギ先生に見えてくる。熱した鍋に大匙1杯半の油をひいて牛肉100グラムを炒め、色が変わったところで、じゃがいも、ニンジン、たまねぎの順に加える。全部をよく混ぜ合わせて炒めてから、ひたひたに水を入れる。ここまではカレーでもシチューでも同じだナ。肉ジャガは西洋料理の和風アレンジなのか。醤油大匙2、砂糖1、酒1、みりん1を加える。一杯加えるたびに味をみる。煮立ったらアクをとって、煮詰まるまで放っておく。

肉ジャガができるまで「ウンジャマラミー」をやる。飛行機と木こりの面をクリア。テリヤキヨーコには苦戦。おいしい肉ジャガができたので、ベルギービールを飲みながらご飯と昨日の残りのトリ肉ハンバーグとともにいただく。その後、チクワとワサビ漬けを肴にビールの続きを飲み「電車でGO2」をやる。飲酒運転のせいか、秋田新幹線をうまくダイヤ通りに走らせることができないが、何となく電車で旅行しながらビールを飲んでいる気分になった。そう言えば、奥田民生の「股旅」のジャケット写真の山は秋田新幹線から見えるらしい。