「模倣される日本」 浜野保樹 (祥伝社新書) ― 2006年12月05日
副題は「-映画、アニメから料理、ファッションまで」。最近の世界における日本ブーム?の分析かと思って読んだら微妙に違った。最近に絞った話ではなくて、ペリー来航以来の日本と西洋の文化の交流を広く論じているのだった。
ルーカスやコッポラがクロサワの影響を受けているとか、ライオンキングはジャングル大帝だとか、既に定番となったネタが結構多い。その後、歌舞伎や着物が素晴らしいという話になってくるのだが、よく考えたらそういうのは今世界で流行っている日本モノではない。どうやら、日本のポップカルチャーが注目されているのを機に、日本の伝統文化も広めようと主張しているようだ。そういうわけで著者近影は着物姿である。
スーツはフランスの民族服だから日本人がみんなで着ているのはおかしいし似合わないと言っているところは同感だ。僕もずっとそう思っていた。著者が着物を着るというのは天晴れだけど、着物だって唐の影響という話もある。僕の服装はアメリカの若者の模倣だが、家では靴を脱いで生活しているだけで充分に日本文化だ。アメリカ的カジュアルファッションで靴を脱いでもそんなにおかしくないが、スーツは靴を脱ぐと間抜けだ。
スティーブ・ジョブズの黒いタートルは三宅一生だとか、いろいろトリビア的に面白い話はあるが、この本で僕が一番なるほどと思ったところは、日本人が視覚表現を重視するという指摘だ。「ペリー艦隊日本遠征記」には日本人がみんなすぐに懐から紙を出して絵を描くと書かれているし、第2次大戦中のアメリカ軍の分析では、日本の教育がビジュアルに傾斜していて他の感覚特に聴覚が鈍感になるとされていたそうだ。
漫画・アニメ・映画・料理・ファッション・文学など広範囲の日本文化が世界中で注目されるなかで、日本の音楽は全然ダメである(アジアで人気があるJポップは、アイドル的つまりビジュアルな存在だと思う)。それは日本人が聴覚的にはイマイチであることの証拠といえるのではないか。東アジアの漢字文化というのが、視覚を酷使するものなのかもしれない。それが漫画やアニメという高度な視覚表現を生み出すことに繋がったわけである。
「MEMORY」 ラン・ラン ― 2006年12月06日
この前、テレビのチャンネルを変えているとNHK教育でピアノ協奏曲をやっているのに遭遇した。ピアニストが面白い顔をして弾いているのでちょっと見てみたら、目を瞑ってのけ反ったり目玉を剥いて観客の方を見たり、あまりにも面白いうえに演奏も迫力があるので最後まで見てしまった。そのピアニストはラン・ラン(漢字で書くと郎朗)という中国人の青年だった。中国で育ちアメリカに渡って成功を収めたらしい。
ところで、僕はこのところずっと家にいてだいたい一日中音楽を聴いているので、ポップ・ロック・ジャズでは聴きたいものは聴き尽くしてしまった感がある。今まではクラシックにあまり興味がなくて、持っているCDの枚数でも2%くらいしかないのだが、今後はクラシック方面を少し開拓しようかと思う。そこで、手始めにラン・ランのCDを買ってみた。
このアルバムではラン・ランが子どもの頃に弾いた思い出の曲をいろいろ弾いている。モーツァルト、ショパン、シューマンの曲が80分も入っていてお得である。さらにボーナスCDが付いていてリストのハンガリー狂詩曲2番も入っているが、ラン・ランこそライブのDVDをおまけに付けて欲しいところである。
シンプルでメロディアスな曲を美しく演奏している。かなり良い。音の強弱や緩急の付け方がダイナミックでメリハリがあるところや、ライブで表情豊かに弾くところなど、キャラ的に上原ひろみに似ていると思う。
「グレート・ギャツビー」 スコット・フィッツジェラルド 村上春樹訳 ― 2006年12月11日
パーカーが引用しているのは「ギャツビー」の冒頭2ページ目くらいに出てくる「人の振舞いの基盤は、堅い岩である場合もあれば、沼沢である場合もある」という文句。これはパーカーの本を訳している菊池光の訳で、野崎訳だと「人間の行為には、堅い岩に根ざした行為もあれば、ぐしゃぐしゃの湿地から生まれた行為もある」になっている。村上訳は「人の営為は堅固な岩塊の上に築かれているかもしれないし、あるいは軟弱な泥地に載っているかもしれない」である。
野崎訳と村上訳を比べると野崎訳の方が滑らかでいい思う(ただし「ぐしゃぐしゃ」はいかがなものか)。村上訳は音読みが多くてやや引っかかりを感じる。でもよく考えると「ケンコなガンカイ」は音が硬いし、「ナンジャクなデイチ」は音が軟らかい。村上さんはリズムやサウンドを重視して訳したそうなので、そのへんまで考えてのことかもしれない。
20年前に読んだ時もそう思ったのだが、これってそんなに素晴らしい名作? もっと短くてもいいんじゃないか、短編を膨らませ過ぎたんじゃないのか。でもその膨らみ具合がいいのかもしれない、という気もする。さりげなく語ってあることが後で重要な意味を持ってくるような面白い仕掛けがいろいろあるということは今回よくわかった。
「IT'S A NEW DAY」 矢井田瞳 ― 2006年12月12日
ヤイコの曲はポップだし歌い方にもインパクトがあるのでよくCMに使われるが、CMで流れる部分以外は結構変わったメロディやコード進行が出てくる。最初のうちはその独特の節回しやコードについていけず違和感があるのだけど、何度か聴いているとだんだん耳に馴染んでくる。つまり「ポップ」→「ちょっとヘン」→「自然」という風に印象が変わるのである。パッと聞いて分かりやすいだけの音楽より重層的で飽きないから値打ちがある。
歌詞は言葉遊びがいろいろあって面白い。「キッチン」という曲で「ジャガイモ」と「じゃないの」、「ブロッコリー」と「ばっかり」で韻を踏んでいるのが気に入った。歌詞に自分の名前を埋め込んだ曲もある。
「STARTLiNE」という曲に「後悔もジェラシーも」という歌詞があって、前に聞いたような気がするので「CANDLIZE」(2001年)の歌詞を調べてみると「Look Back Again」に「後悔も罪も過去も」とあった。「STARTLiNE」は未来に向かい「Look Back Again」は過去に向かっているが、どちらも時間軸を意識した歌である。岸田秀先生いわく「悔恨が時間を生む」というわけで、ヤイコはいろいろ過去を省みつつ未来に向かう姿勢で歌っているのである。
そう思って歌詞を眺めてみると、ほとんどの曲に「未来」「いつか」「昨日」といった時間を表す言葉が使われている。YUKIの「WAVE」の歌詞に「空」関係の(つまり空間的な)言葉が多用されているのとは好対照だ。
2006年CD大賞 ― 2006年12月13日
我が家の今年のCD大賞は文句無しにYUKIさんの「WAVE」です。車でもヘビーローテーションになっているけど全然飽きない。どういうところがいいのか、じっくり考えてみると、詞・曲・歌など基本的なところが優れているのももちろんだが、アレンジというかサウンドの出来が非常に良いのだ。
一人多重コーラス、メロディックなベース、アナログっぽいシンセ、リズミカルなストリングス、シンプルでタイトなドラム…と考えていくと、これはつまりビートルズのやり方だ(「夏のヒーロー」はロングアンドワインディングロードだし)。前作「joy」も同じような音だったが、より完成された感じがする。
他の各賞は以下の方々です。
優秀賞: パフィー 「Splurge」
技能賞: ベック 「The Information」
敢闘賞: ボブ・ディラン 「Modern Times」
佳 作: 宇多田ヒカル 「ULTRA BLUE」
「The Very Best Of Otis Redding」 オーティス・レディング ― 2006年12月18日
キヨシローが「おーてぃすれでぃんぐがあ、おしえてくれたあ」と歌っているので、どんなもんか聴いてみることにした。いわゆるソウルミュージック。なるほどキヨシローの曲に影響していそうな曲もある。RCの曲のホーンのアレンジはこういうところからきてたのか。
オーティス・レディングの名前だけは昔から知ってたけど、どんな曲を歌っているのかは今回初めて知った。かの有名なブルース・ブラザーズの曲「I Can't Turn You Loose」はオーティス・レディングだったのか。「Dock Of The Bay」も聴いたことがある。名曲だ。ストーンズの「Satisfaction」のカバーもある。他にもどこかで聴いたような曲がいろいろある。
アレンジはシンプルだし1曲2分半から3分くらいでサッパリと終わるところがなかなか良い。ヴォーカルに暖かみがあって飽きない。こういうローファイサウンドのオールディーズを聴いているとホッとするなあ。
ロングモーン 15年(58.8度) ― 2006年12月20日
味は確かに濃い。甘くて香ばしい麦の味。香りも豊かだが、鼻に付くような香りではなくナッツやスパイスのような落ち着いた香り。アイラ産のようなピートの煙い味はほとんどなくて飲みやすい。ウィスキーって本来こういう味のものだったのだろう。うーん、旨いなあ。早くも最終到達点に近付いているような気がする。ロングモーンを定番にしたいところだけど、なかなか手に入らないのでもう少し開拓する必要がある。
「大公トリオ 他」 ルービンシュタイン、ハイフェツ、フォイアマン ― 2006年12月25日
村上春樹の「海辺のカフカ」に出てくるベートーヴェンの「大公トリオ」とシューベルトのピアノトリオ曲。クラシックのピアノトリオというのはピアノ・ヴァイオリン・チェロなのか、ふーん。1941年録音なので音はそれなりである。最初のうちは無声映画(チャップリンとか)の背景音楽に聞こえた。音質のせいもあるが、ヴァイオリンのビブラートが強いせいで古い感じがするのだと思う。それと、ピアノの音が遠いのがちょっと気になる。
こういう音楽を真剣に聴いたことがなかったので、どう聴いていいのかわからなかったが、たしかそういう質問に対して村上春樹が「曲を覚えるくらい聴くことです」とか言っていたような気がする。5、6回聴いたらだんだん覚えてきて、なるほどちょっと良さが判ってきた。楽器が3つだけだからポピュラー音楽ばかり聴いてきた耳でも聴きやすい。曲も意外に変化に富んでいるし、演奏は文句なくうまい。これは「海辺のカフカ」の登場人物が言っているとおり聴き飽きない。
ピアノのルービンシュタインとヴァイオリンのハイフェツは凄い大御所らしいが、チェロのフォイアマンも気鋭の若手だったようだ。でもこの録音の翌年に急逝したとのこと。ビル・エヴァンズ・トリオのベース、スコット・ラファロみたいなものか。ピアノとヴァイオリンはほっといても聞こえるので、チェロを意識して聴くようにしてみるとバンド(?)全体をうまく把握できるような気がする。
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