「東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編」(文春文庫) 菊地成孔+大谷能生2012年04月09日

「憂鬱と官能」の続編であるジャズの歴史講座。単にジャズのスタイルがこういう風に変化していきましたという事実の羅列ではなく、アメリカの社会情勢やモダンジャズの「モダン」が表す近代化と音楽のあり方の関係まで、広く深く捉えた音楽史観で話をしてくれて、大変面白い。

最近ほとんど聴いていなかったジャズのCDを探し出して聴いてみることになり、今まで何となく聴いていた曲の構成がよりクリアに聴こえて来るのが値打ちだ。

「暇と退屈の倫理学」 国分功一郎2012年03月16日

豊かであるはずの現代社会で、我々は自分のやりたいことが分からなくて退屈してしまう。忙しいのに退屈してしまったりもする。それはなぜか、そしてどうすれば良いのかについて考えている本。分厚い哲学本だが、語り口がカジュアルなので読みやすく面白かった。

我々が退屈するようになったのは定住するようになったからだという。人類が遊動生活から定住生活に移行することによって、生活に余裕が生まれる。それは日々の活動が単調になるということでもある。なるほどそのとおりだろうと思う。

筆者はボードリヤールを引いて、消費ではなく浪費せよという。消費というのは、「この商品は良い」とい情報を買うことである。情報だからいくらでも買えて、いくら買っても満足できないから消費には終わりがない。それに対して、浪費というのはモノをちゃんと味わうことである。モノを味わえば満足が訪れるから、浪費はどこかで終わる。我々が浪費ではなく消費してしまうのは、消費し続けてもらいたい生産者の事情に従っているのである。

僕は以前「退屈を楽しめばお気楽」と考えた。問題の捉え方はかなり近いと思うが、筆者は退屈そのものを楽しむことについては考えていないようだった。

「憂鬱と官能を教えた学校 バークリー・メソッドによって俯瞰される20世紀商業音楽史(上・下)」(河出文庫) 菊池成孔+大谷能生2012年02月25日

バークリー音楽院はポピュラー音楽の総本山みたいなところで、バークリー・メソッドというのは、ポピュラー音楽のコード進行とメロディーの関係を分析する和声理論である。僕が21世紀になってからフォローするようになった現役ミュージシャンはエスペランサ・スポルディングとコトリンゴなのだが、彼女たちは二人ともバークリー音楽院出身だ。

この本は現在の音楽産業界に流布しているバークリー・メソッドを中心に商業音楽の歴史について語る講義録。バークリー・メソッドの中身の説明をしながら、バッハの平均律クラヴィーアからMIDIに至るまで、商業音楽の歴史について縦横に語っていて、非常に面白かった。

最初の方の長音階、短音階とかトニック、ドミナントとかの話は中学校の時に音楽の授業で楽典をやったときにも習ったクラシックの理論だが、スケールが出てきてだんだんジャズになる。モード技法まで行ってマイルズ・デイヴィスのKind Of Blueの解説があるので聴き直してみると、ナルホドそういうことだったのかとよく判る。

後半はバークリーから少し離れてリズムの話が多いが、これも面白い。他にも僕がポピュラー音楽について断片的に考えていた諸々の事柄について、色々教えられることがあった。

著者は単に無批判にバークリー・メソッドを紹介しているだけではなく、バークリー・メソッドを学んだミュージシャンがコードをどんどん複雑にしたくなることを「バークリー病」と呼んだり、商業音楽を作るためのバークリー・メソッドという教育法はそろそろ役割を終えたんじゃないかとも言っている。

「村上春樹の短編を英語で読む 1979~2011」 加藤典洋2011年10月29日

僕は村上春樹の小説は全て熱心に読むのだが、短編はちょっと苦手だ。長編も短編もシュールで何を言っているのか分かりにくいが、長編は手がかりが多いから何度か読んでいるうちに何となく分かってくる。短編はヒントが少ないので、解答の無い問題集を解いているような気分になるのだ。

村上春樹の小説は謎が多いので、解読本もたくさん出ている。春樹さんは「そんなものを買うくらいなら、そのお金でおいしいものでも食べた方が良いです」とか言っていたが、僕も答えが知りたくて謎解き本を買ってしまう。そういう村上春樹関連本にはハズレも多いのだが、この本はかなり面白くて説得力がある。長編への言及も多く、村上作品全体への理解が一挙に深まったような気がする。600ページもある分厚い本で3600円もするので買うのをためらったが、充分値打ちがあった。

ただ、そんなネタバレというかカンニングペーパーみたいな本を読むことに意味があるのだろうかという疑問も残る。でも、この本を読んで面白がるのは、村上作品を愛読して自分なりに考えて悩んだ人だけだろう。自分で考えもせずに答えだけ解答欄に書きこむカンニングとは違う。自分で考えた答案の答え合わせみたいなものだ。

タイトルに「英語で読む」とあるが、英語はほとんど出てこない。

「うみべのまち」 佐々木マキ2011年09月28日

村上春樹の初期の作品のカバー絵を描いている佐々木マキのマンガ集。帯に村上春樹の推薦文みたいなものが書いてある。春樹作品同様、無国籍な感じの絵の雰囲気が面白い。ひとコマひとコマが、伸ばしたらポスターにできそうなくらいデザインされている。でもコマとコマの間の関連がよくわからない。ストーリーがほとんど無さそうで、めちゃくちゃシュールである。

僕は「ちょっとシュールなくらいがお気楽なのである」と考えているので、シュールな表現に対してはわりと好意的なつもりなのだが、この分厚いマンガ集を読んでいくうちにだんだん困った気持ちになってきた。シュール過ぎて、何が言いたいのかが10パーセントくらいしか分からない。手塚治虫は「作者は狂人だ、連載を止めよ」と言ったらしい。それは非寛容過ぎるが、もうちょっとヒントが欲しいところだ。

「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」 村上春樹2011年08月02日

春樹さんは最近あまりエッセイを書かなくなってしまった。その理由は、あらゆるネタを小説のために取っておきたいからということのようである。期間限定のウェブサイトも開設しなくなった。そのかわりテレビのニュースでスピーチ映像が流れたりする。

久しぶりのエッセイなので楽しみに読んだが、なんかカドが取れてマイルド過ぎるような気がする。言いたいことはちゃんと言っているのだが、なんか抑制された言い方になっている。昔の村上朝日堂シリーズにはちょっと突っ張ったところもあって、そこが良かった。昔と違って世界的に影響力のある人物になってしまったので、いろいろ気を使っているようだ。

でも、まあ面白いことは面白かった。もったいないので毎日少しずつ読んだ。近々読み返したい気もする。

「原発・正力・CIA」 有馬哲夫 (新潮新書)2011年07月23日

友人が貸してくれたので読んだ。読売新聞社主で日本テレビを設立した正力松太郎が、CIAと組んで日本に原発を導入したというわけである。正力は日本のメディア王兼アメリカのポチだったのかと思っていたが、そういう単純な話ではなかった。

正力はCIAに対して単純に媚びていたわけではなく、CIAを利用してアメリカの力を使ってテレビ局を作ったり原発を導入したりしたのだ。CIAの方は読売新聞の世論への影響力や取材網から得られる情報を利用したかったようだ。

正力は元々警察官僚だったが失脚し、読売新聞を買収して立て直し、巨人軍を創立し、A級戦犯になり、日テレを設立し、69歳で国会議員になった。そんな高齢で初当選してから一気に総理大臣になるために原発導入を手柄にしようとしたらしい。さすがに総理大臣にはなれなかったが、初代科学技術庁長官、初代原子力委員長になった。

電力業界の支持を受けた正力は民間で原発を運営することにこだわった。そのために、民間で運営するのに事故が起きたら国が補償するという原子力損害賠償法が作られた。その矛盾が今になって大問題になっているわけである。

正力という人のエゴのパワーは凄い。何か大事業を成さないと気がすまないのでエネルギッシュに動き回るが、いろいろと害毒も撒き散らし、後々の人まで迷惑する。まるで原発そのもののような人物だ。

「通貨を知れば世界が読める」 浜矩子 (PHP新書)2011年06月27日

時々テレビでお見かけする浜先生は紫の髪の毛で不機嫌そうな表情で辛辣なコメントをしていて、痛快である。仰ることがいつもクールで大局的で面白いので、ご著書を拝読する。

最近は日本国の財政状況悪化により円が暴落するだろうといっているエコノミストも多いが、浜先生は1ドルは50円くらいになるという。日本がどうあれ、ドルが基軸通貨としての役割を終えると、概ね半分くらいに価値を落とすだろうと予測する。

そういう予測にいたる前提として、金本位制とか基軸通貨について大英帝国くらいからの歴史を語る。僕はそういう経済史みたいな話にあまり興味が無かったのだが、語り口が講談風で分り易く、面白かった。

1ドルは高度成長期の360円から80円にまでなったのだから、80円が50円になっても不思議は無かろうという。僕も僭越ながらだいたい同じ意見である。そうなると、大量生産で価格競争をする輸出企業なんかは、もう無理だ。

「日本中枢の崩壊」 古賀茂明2011年05月30日

現役官僚が日本中枢の改革を訴える本。安倍政権以降の公務員制度改革を官僚がどうやって潰してきたかの暴露から、民主党の政治主導がうまくいかない理由の話が続く。だいたい報道されてきたようなスジだが、官僚側からの視点で詳しく解説されていて興味深い。それから改革派経産官僚としての筆者の仕事の振り返りになると「官僚たちの夏」そのもので面白い。

最後に今後の日本の「起死回生の策」というのがあって、なるほどと思うようなことも書いてあるのだが、TPPに参加せよと言っていてガックリ。まあよく考えたら、みんなの党に代表されるように行政改革に熱心なのはほぼ新自由主義的な人だから別に驚くことではなかった。

著者略歴に「参議院予算委員会で仙谷由人官房長官から恫喝を受ける」と書いてあるのが可笑しい。

「心を整える」 長谷部誠2011年05月23日

サッカーは日本代表の試合しか見ないので、長谷部選手のことを詳しくは知らないが、マジメそうな印象がある。本を読んでみても、そのとおりだった。ハセベは「突出したテクニックを持っているわけでもない自分が生き残って来られたのはナゼか」と時々考える。周りからはよく「運が良いね」と言われる。でも、それはちょっと違う。では何なのかと考えてみると、「心を整える」ということに尽きるのだという。

それでメンタルについての「自己啓発書」という売り文句が付いているわけだが、編集者がそういう体裁に仕立てているだけで、中身は自伝的エッセイである。心が落ち着いた状態でいられるように、いつもいろいろなことに気を配っていることがわかる。一日の終りに30分間、心を鎮める時間を作る。何が起きても心が乱れないように、常に最悪の状況を想定している。日本政府のエラい人たちにも見習ってもらいたい。

「あえて難しいと思った方を選択する」というのは岡本太郎と同じだ。長谷部君によると、難しい道ほど自分に多くのものをもたらし、新しい世界が目の前に広がるのである。僕はだいたい楽な方を選択するので、意見が異なるわけだが、器の大きさで負けていることは否めない。なかなかのナイスガイである。面白かった。