「スティーリー・ダン Aja作曲術と作詞法」 ドン・ブライトハウプト2015年11月02日

スティーリー・ダンのかなりマニアックなファン向けの本だと思う。僕は21世紀に入ったくらいからずーっとスティーリー・ダンを聴き続けていているので、まあまあ熱心なファンとして、何ヶ所か興味深い指摘や、なるほどそうだったのかと思うところもあった。まあ読んで良かったと思う。パソコンの前に座って、「この曲のこの音がどうだ」といった話が出てくるたびにその曲をiTunesで再生しながら読むのがよいようだ。

しかし、正直なところ読みにくい本だ。タイトルからするとAjaの内容にテクニカルに踏み込むのがテーマのように思えるが、和声の話と歌詞の分析と録音時のエピソードなどを思いつくままに語っているだけでなく、スティーリー・ダンの前後の作品との関連、同時代のポピュラー音楽の状況などについて、話があっちこっちに行ったり来たりして散漫極まりない。曲ごとに章を立てれば良かったんじゃないか。

元の文章が思い入れ過剰なくどい文章であるうえに、翻訳も直訳調でギクシャクしているのが残念。最後に冨田恵一の解説があるが、これは非常に読みやすく判りやすい文章で、本文と対照的だ。

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」 小澤征爾・村上春樹 (新潮文庫)2015年04月03日

僕が持っている900枚くらいのCDのうちクラシックは30枚ほどしかない。しかもそのうち半分はグールド。クラシック音楽を聴いてもあまり楽しくない。クラシック音楽の聴きどころがちょっとは判るかなと思って読んでみた。 クラシックファンじゃないので、興味が続かないところは少し飛ばして読んだが、まあまあ面白かった。村上春樹はジャズ喫茶のマスターだったからジャズに詳しいのは有名だが、クラシックに関してもメチャ詳しい。小澤征爾はガチガチのクラシックの人かと思ったら、シカゴに住んでいたときには毎晩のようにブルースのライブを聴きに行っていたというのが意外だった。 文庫版のオマケで、大西順子と小澤征爾が共演した経緯が書かれていて、これが一番面白かった。 この本を読んで小澤征爾に好感を持ったので、CDを聴いてみようと思って検索したら、80歳記念で80曲入った5枚組CDというのが出ていて手頃なので買った。全般的にメリハリのある活き活きとした演奏で、クラシックにしてはグルーブがあるような気がした。

「ブルースに囚われて」 飯野友幸 編著2015年03月16日

ブルースに人文科学系の学者さんたちが様々な角度から論じている本。最近ブルースに興味があるので、読んでみた。絶版なので古本を買った。 本も薄いし、内容も物足りないけど、黒人英語の話は興味深かった。黒人英語にはアフリカの言語由来の特徴が残っているそうで、なるほどそういうことかと思うことがいろいろあった。 黒人英語の特徴は、例えばこんなものがある。 ・単音の単純化 (th音をtやdで置き換え) ・子音連続の単純化 (westをwes'と発音) ・Be動詞の省略 (She sick) ・Be動詞の原型用法 (She be tired) それから、リズムについて、 白人英語でWhat is she going to do?という文のリズムは  強・弱・弱・強・弱・強 これを黒人英語で What she gon do?と表現する場合のリズムは  強・強・強・強 になる。 カバーの写真がミシシッピ州クラークスデイルのクロスロードなのが良かった。

「ポピュラー音楽でリラックス」2014年10月18日

リラックスできるポピュラー音楽というのは意外に少ないものです。これならリラックスできるというアルバム14枚を聴き直してみると、今まで気付かなかった共通点を発見できました。「ポピュラー音楽の聴き方」シリーズ3作目。

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「'80年代ポップス再評価」2014年04月28日

「ポピュラー音楽の聴き方」シリーズ、第二弾が出ました。80年代のアルバム下記7枚を詳細に分析して価値を再発見した研究報告です。

「A Long Vacation」 大滝詠一
「Private Eyes」 Hall & Oates
「For You」 山下達郎
「TOTO IV」 TOTO
「Pearl Pierce」 松任谷由実
「Thriller」 Michael Jackson
「Vitamin E・P・O」 EPO

アマゾンにて販売中。

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「ポピュラー音楽の聴き方」2013年04月16日

ポピュラー音楽愛好歴40年にして、ようやく聴き方のコツをつかみました。判ってしまえばカンタンなことだったのです。聴く時の意識を少し変えるだけで、聴き飽きたはずの音楽も新鮮に聴こえるからアラ不思議、そのうえお得。その極意をはじめ、音楽とは何か、ポピュラー音楽の歴史とジャンルなどについての僕の考えを電子書籍にまとめてみました。お薦めCDの紹介もあります。

アマゾンで販売したところ、結構高評価のレビューもいただいております。

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「東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編」(文春文庫) 菊地成孔+大谷能生2012年04月09日

同じ著者による「憂鬱と官能を教えた学校」の続編にあたるジャズの歴史講座。単にジャズのスタイルがこういう風に変化していきましたという事実の羅列ではなく、アメリカの社会情勢やモダンジャズの「モダン」が表す近代化と音楽のあり方の関係まで、広く深く捉えた音楽史観で話をしてくれて、大変面白い。

この本を読んだおかげで、最近ほとんど聴いていなかったジャズのCDを探し出して聴いてみることになり、今まで何となく聴いていた曲の構成がよりクリアに聴こえて来るのが値打ちだ。

 → 「憂鬱と官能を教えた学校」

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「憂鬱と官能を教えた学校 バークリー・メソッドによって俯瞰される20世紀商業音楽史(上・下)」(河出文庫) 菊池成孔+大谷能生2012年02月25日

バークリー音楽院はポピュラー音楽の総本山みたいなところで、バークリー・メソッドというのは、ポピュラー音楽のコード進行とメロディーの関係を分析する和声理論である。僕が21世紀になってからフォローするようになった現役ミュージシャンはエスペランサ・スポルディングとコトリンゴなのだが、彼女たちは二人ともバークリー音楽院出身だ。

この本は現在の音楽産業界に流布しているバークリー・メソッドを中心に商業音楽の歴史について語る講義録。バークリー・メソッドの中身の説明をしながら、バッハの平均律クラヴィーアからMIDIに至るまで、商業音楽の歴史について縦横に語っていて、非常に面白かった。

最初の方の長音階、短音階とかトニック、ドミナントとかの話は中学校の時に音楽の授業で楽典をやったときにも習ったクラシックの理論だが、スケールが出てきてだんだんジャズになる。モード技法まで行ってマイルズ・デイヴィスのKind Of Blueの解説があるので聴き直してみると、ナルホドそういうことだったのかとよく判る。

後半はバークリーから少し離れてリズムの話が多いが、これも面白い。他にも僕がポピュラー音楽について断片的に考えていた諸々の事柄について、いろいろ教えられることがあった。

著者は単に無批判にバークリー・メソッドを紹介しているだけではなく、バークリー・メソッドを学んだミュージシャンがコードをどんどん複雑にしたくなることを「バークリー病」と呼んだり、商業音楽を作るためのバークリー・メソッドという教育法はそろそろ役割を終えたんじゃないかとも言っている。

この本に影響を受けて、拙著「ポピュラー音楽の聴き方」が生まれました。

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「音は心の中で音楽になる」 谷口高士2010年12月01日

副題は「音楽心理学への招待」。音楽心理学というジャンルの様々な研究を広く紹介する本。僕が音楽について考えているいろいろなギモンに答えてくれた。

例えば、楽器の演奏によって喜びや悲しみなどの感情を表現し、聴き手に伝えることができるかという実験がある。それは可能だそうだ。テンポや強弱によって感情が伝わる。ただし、フルートで怒りを表現しようとしても、喜びになったりするらしい。

何度も聴いているうちに音楽の印象が変わる理由についての研究もある。まず、人間は刺激の複雑性が中くらいのときに最も快く感じるという「バーラインの最適複雑性モデル」を仮定する。同じ音楽を何度も聴くと、慣れて複雑さが減るように感じるわけだから、元々複雑度が大の音楽は聴けば聴くほど複雑度が中くらいに近づいて快くなる。逆に複雑度が中の音楽は聴いているうちに複雑度が下がってつまらなくなってくるわけである。この話は僕の芸術論にやや通じるものがある。

他にも好きな音楽を聴いているとつらい作業に長時間耐えられるとか、ややこしいことをするときには単純な音楽を好むとか、どうでもいいような役に立つような研究もあって面白かった。

 → ポピュラー音楽の聴き方

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音楽とは何か2009年11月26日

30年以上、わりと熱心にポピュラー音楽を聴いてきた。自分が気に入る音楽を探していると、「自分にとって良い音楽は何か」を考えるようになり、それを続けていると「良い音楽とは何か」を知りたくなり、そうすると「そもそも音楽とは何か」が問題になってくる。

そういうことを考えつつ自分の気に入る音楽を探し続けていると、自分の気に入る音楽が具体的にどういうものなのかは判ってきた。自分の気に入る音楽を聴いているうちに、「音楽とはサウンドである」と気付いた。

非常に当り前な結論だが、そう気付いてからは耳から鱗が落ちたように音楽がスッキリ素直に聴けるようになった。何でそんな当り前なことが今まで判らなかったのだろうと思う。感覚的・非意識的には判っていたのだが、何かが意識を妨げていた。それは何か?

音楽の3要素はリズム・メロディー・ハーモニーだということになっている。中学の音楽の教科書にもそう書いてあった。僕も何となくそういうふうに考えてきたのだが、そう考えるから判らなかったのである。音楽には、リズム・メロディ・ハーモニーの他に楽器の音色や人の声色という要素がある。実は、「その他に」じゃなくて、そっちの方が本質なのである。

音色を組み合わせたものがサウンドで、そこにはリズム・メロディー・ハーモニーも含まれている。音色は演奏する速さや音の高さによって、つまりリズムやメロディによって変わる。ひとつの音色には倍音の成分が含まれているから、ひとつの音がそもそもハーモニーなのである。

リズム・メロディ・ハーモニーはだいたい楽譜に書けるが、音色は書けない。「リズム・メロディ・ハーモニーが音楽の3要素」という発想は、楽譜という視覚言語に囚われている。音楽なのに視覚情報とはこれ如何に? これは視覚を偏重する近代化の弊害だ。

楽譜というのは非常に情報量の少ない記録メディアである。それに比べるとサウンドは情報量が桁違いに多い。パソコンでいうと1曲の楽譜は数十キロバイトのテキストファイルに収まるが、サウンドは数メガバイトの音声ファイルになる。物理的情報量を考えてみても、楽譜情報を偏重するのはおかしい。

というわけで、音楽とはサウンドである。だから音楽の聴き方は「音そのものを聴けば良い」ということになる。そのためには耳を鍛えなくてはならないような気がする。でも、我々の耳はいつでも音そのものを聴いている。自分の耳が聴いているものに気付けば良いだけである。簡単なことだったのだ。

(2012.4.15追記) 以上のような考えをもとに、「ポピュラー音楽の聴き方」という本を書きました。