「職業としての小説家」 村上春樹2015年10月06日

自伝的エッセイだが、春樹さんの愛読者にとってはほぼおなじみの内容だ。でも面白かった。

一番のキモだと思ったのは、何かを自由に表現したい人へのアドバイスとして、「自分が何を求めているか」よりも「何かを求めていない自分とはどんなものか」を頭の中でビジュアライズしてはどうかと言っているところ。

これはちょっと禅の公案みたいだけど、僕も最近同じようなことを考えていたところだ。僕の解釈だと、何かを求めているときはその何かにとらわれているのであって、何も求めていないときの方が視野が広く心が自由になるという意味。そういう理屈っぽい言い方だと、はいはいそうですかと頭だけで判ったつもりになりがちだから、ちょっと工夫した表現になっているのだ。

村上作品が世界中で読まれるようになった元を辿ると、アメリカで英訳本が売れたところがスタートらしい。それはアメリカの出版社が翻訳書として売り出したのではなく、村上さん本人が訳者にお金を払って英語版を作り、それを雑誌や出版社に持ち込んで他の英語で書く著者と同じ扱いになるようにして勝負した結果であるようだ。実務能力あるなあ。

「鈴木さんにも分かるネットの未来」 川上量生 (岩波新書)2015年10月28日


これはなかなか面白かった。さすがにネット企業を成功させた実業家だけあって、川上量生によるネットについての説明は判りやすくて深い。ネットやITビジネスについての文章で、今までに見たなかで一番説得力があった。

特に良いと思う点は、ネット企業の経営者であるにも関わらず、ネットについてバラ色の未来を語らないことである。多くのネット・IT業界人の主張は論理ではなく宗教的な思い込みやハッタリだと批判している。そういうクールな視点で一貫しているところに好感が持てる。

著者はネットの未来について、こうなるべきだという理想やこうなってほしいという願望ではなく、こうなるだろうという予測をしている。特に、ネットによる企業活動のグローバル化が進むと、国家による徴税権や統治権との衝突が起きて、国家はネット鎖国をしようとするだろうというあたりは、なかなかハードな現実認識だ。タイトルはネットの未来だが、ネットが現実社会にこれだけ深く関わっている以上、バーチャル空間の話ではなくリアル社会の問題になってくるわけだ。